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画一的なテンプレの下にオリジナリティの源泉はない

画一的なテンプレの下にオリジナリティの源泉はない

どうも、佐々木(@moto_ssk)です。

書くを武器にメシを食べていく人のためのコミュニティ「書くメシ」。

「書くメシ」にはいくつかスレッドがありますが、なかでも盛り上がりを見せているのがレビュースレッドなんですね。毎日「自分の書いた記事を読んでください!」という投稿が飛び交っています。

コミュニティメンバーの文章や、それに対する指摘を読むと、めちゃくちゃ「学び」になります。

「書く」という行為は、何においてもベースになる、いわば始原的な行為です。

始原的な行為であるがために、他者と比較しやすい行為でもありますよね。

自分は全然文章が書けない、せっかく書いても伝わらない、そもそも何を書けばいいか…、という悩みや悶々とした感情も芽生えやすかったりします。

だからこそ、テンプレ化に走ってしまうひとも少なくありません。

例えばブログ。
見た目も、強調表現も、吹き出しの会話形式も、文章さえも似たよなものがズラリと並んでます。

なんのために書くのか?

という「そもそも論」は書く上で非常に大事だと思っています。

なぜかというと、目的がないとテンプレ化に走りやすいからです。だって、楽ですもん。

もちろん書き物なので、誰かに読んでもらうための工夫は必要です。ただ、目的がなく、テンプレ化に走り、似たようなものが並んでくると、目立とうとしていまいがち。過激な表現、誹謗中傷、行き着く先は炎上…なんてことになりかねません。まあ炎上目的ならそれはそれで構わないのですが…

でも多くの場合、炎上が目的ではなく、何かを達成するために「書く」んだと思います。

そして、その何かを達成するにはオリジナリティが必要になってきます。

だって、誰もが似たようなこと書いてるなら、わざわざ読もうとは思わないですよね。

そう考えると、着眼するのはテンプレじゃなく、自分自身です。

  • 自分はどんな経験をしているのか?
  • 自分はそれを体験して何を感じたのか?
  • 自分はなぜそう感じたのか?

こういう部分にオリジナリティは宿り、その人にしか書けない文章になっていきますよね。

「書くメシ」のレビュースレッドでは、まさにそんな文章が飛び交っています。

だからこそ、読んでいて面白いし、もっと伝わるようにするためには、思考を深めるのか、表現を変えていくのか、というレベルの高い指摘がされているんですね。

誰でもできること、誰でもわかることに対して、自分はどうやって、何がわかったのか。

その思考錯誤のなかにこそ、オリジナリティの源泉があるんだと思います。

エピローグ:「書くメシ」のお知らせ

👆でも登場した「書くメシ」ですが、現在【第0期】として40名弱の方にご参加いただいています。

毎日「書く」について意見交換してまして、ライティングに限らず、マネタイズまで、字のごとく「書く」で飯を食うため互いに切磋琢磨しています。

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