どうも、佐々木(@moto_ssk)です。
先日、とあるお店で接客を受けてたんですが…
対応してくれたスタッフのマニュアル満載対応に驚きました。
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マニュアル通りが悪いと言ってるわけではありません。
実際、ミスというミスはないですし、言葉もハキハキ話してくれたので聞き取りづらいということもない。接客的には合格なんだと思います。
ただ、なんか、冷たい…
ええ、これは完全に僕の感想です。ただ、されど感想です。
ミスもないのに「なんかマニュアル通りだな」という印象しか残らなかったんですよ。
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「変なホテル」で話題になった接客ロボットの方がもうちょっとマシな対応すんじゃない?
なんてことも思っちゃったんですね。ミスもないのに。
これ、なんでだろう?と思ったんです。ミスがなければ合格じゃないですか。
もし、接客ロボットがミスしたら?
「まあ、ロボットだし仕方ないか」と笑って許す人もいるんじゃないでしょうか。
接客ロボットには、ミスもなく、遅延もなく、接客の質を底上げする、という目的もあるはず。でも、仮にミスしたところで「おいおい、どうなってんだこのロボットは!」より「まあ、仕方ないよ」と思う人の方が多いかもしれません。
一方、人間がミスした場合は「まあ、仕方ないよ」より「どうなってんだ」と思う人が多いのかも?
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何が言いたいかというと…
誰が対応してくれるかで、受け手側は無意識に「求めるレベルの線引き」をしてる
ということです。基準点を作っちゃうんです。
僕の場合、今回対応してくれたスタッフの方に対して、無意識に「もう少し笑顔があってもいいじゃないかな…」とか「もう少し会話があっても全然いいんだけど」とか思っちゃってたんですね。
顧客によって千差万別ですが、ミスのない対応より、ミスがあっても会話ができた!の方が嬉しいという人はいるということです。(決して、ミスを推奨してるわけでも、会話をしろと言ってるわけでもない)
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一流ホテルのリピート客が多いのは、もちろん行き届いた接客、細かい気配り、顧客に応じた対応、などなどいろんな理由があると思いますが、いかに気持ちよくさせたか、なのかなと。
今後ますます接客ロボット、介護分野であれば支援ロボットの導入が進むでしょう。
そのとき、使い手をいかに気持ちよくさせるか、いかに愛着を持ってもらうか。
「誰がしてくれたか」よりも「関わりを通してどんな気持ちになったか」にフォーカスする方が大事な場合も出てくるのでしょうね。合理的、効率的という観点だけでなく。